朝廷で肥大化しすぎた百済の権勢は大化の改新と壬申の乱で「抑制」されたが高麗の権勢は止まることなく日本を大東亜戦争にまで拡大した。現在、高麗族は再び権勢を強め「相剋の怨嗟」を抱えたまま朝鮮半島の李氏朝鮮と対立の様相を強めている。国内には日韓併合時に日本人となった元李氏朝鮮の両班もいて抗争の様相を複雑化させている。今の日本には李氏朝鮮系日本人(左派)と高麗系日本人(右派)の間の怨嗟を祓う「大化の改新」が必要なんです。

天智期の百済の置かれた状況によく似ている。

あの時代の日本と今の日本に大差などない。現在、日本で権勢を奮うのは明治期に躍進した長州高麗族であり、彼らは500年前に半島で国を李氏朝鮮に奪われ、江戸時代に日本で権勢の基盤を毛利で作り、明治維新で朝議の頂点に上り詰めた。

当時の大和連合国は大王を盟主として据えるも各国が代表を朝廷に送り込むという原始共和制の側面の方が強く新羅も百済も朝廷内で絶大な勢力を持っていた。しかし今と違い「国元」との距離しかも半島となると必ずしも朝廷での権勢が国元で「同じ」ではなかった。遠すぎたのである。国元で新羅は権勢を強めついには百済を滅ぼし奪ってしまう、しかし朝議においては百済の権勢の方が新羅より強かった。

天智王(まだ連合国で天皇という呼称はない)時代日本は再び相克に巻き込まれる。連合国内の新羅と百済の大戦争である。これを納めるために元東海姫氏の王統、大海人が元越王統、鎌足の手引きで挙兵し、大和を「再統合」したのである。

東海姫氏國と太古越國は「倭国大乱」の主役であり弥生時代に大戦争を繰り広げた。邪馬台国が神託で統合するまで数百年も戦争していたのである。その怨嗟を断ち切る方法はただ一つ。「全てを隠し忘れる」であった。これが列島反相剋の起源に当たる。

日本の「秘する国」には理由があって過去の部族間の「怨嗟」を断ち切り「祓う」ためであった。

悪く言えば天武期に「全部つぶさに隠して」神社を建ててる。
そうして全てを古事記で統合した。だから東海姫氏國や太古越國などは存在自体が秘密にされた。

洞窟壁画とかあっても
「公にはされない」

日本では皇紀以前の遺跡は
神代(まだ神様が住んでたとされる時代)なので暴けない。
暗黙の規制が入るしだいたい「神社」

日本列島は推定
1万6千年前の世界最古の「石器」があるから調査不能(御神体奥宮で入れない)のストーンヘッジ的なものがたくさんある。

祠置いてあるけど
元はストーンサークル

ストーンヘンジの場所の
空気感は完全に「神社」

鳥居だけあって
奥に行くと
「ストーンサークル」は
日本全国わりとある

ロゼッタストーンが日本にあれば
鳥居置かれてる

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